「誰かーっ、誰か来てーっ」という叫び声で目が覚める。あたりはまだ暗い。耳をそばだてると、看護師さんっぽいパタパタ歩き回っている音がする。しばらくすると、さらに声が大きくなり、「誰か助けてーっ。死んじゃうよーっ」と言っている。さすがにどうしたものかと思っていると、まもなくご近所から叱りつけるような声がした。すると声のトーンが少し落ちて、「誰か助けてよう」みたいに遠慮がちになったので、死にそうってほどじゃないみたいだなと思っていると、6時になって採血をする看護婦さんがガタガタとワゴンを揺らして部屋にやってきた。
電気がついて、ちくっと針を刺されてはっきり目が覚める。遠くのほうから看護師さんの長々とお説教している声が聞こえる。病室のドアが全部開放されているので、B棟では何重もの扉の向こう側に位置していた寝たきりのお年寄りの個室部屋の音が、こちらの廊下のほうまでよく響いてくるのだ。「初めての夜なのにびっくりしたでしょう」とワッキーさんたちが言う。以前にもひとり大騒ぎをする人がいたらしく、皆は結構慣れっこになっているらしい。
3回目の痰の検査の結果は「プラスマイナス」だった。惜しい。出ている菌は微量なので、まあまた来週検査をやって検討しましょうということに。しかしそうやってもう少しもう少しといっているうちに、ワッキーさんやお富さんはA棟に2ヶ月近くも留まることになってしまった。
結核菌はしつこい。しつこいので半年薬を飲み終えても、まだ完全には退治できていない場合もあるらしい。特に6ヶ月薬を飲み終えた後の半年間に再発する可能性が高いそうで、期間中に何度か薬を飲み損なってしまったり、もう大丈夫と少し早めに内服を切り上げたりすると再発のリスクも高まるそうだ。